Event

島田市川根町抜里地域で開催を重ねてきた地域芸術祭を、今年は「大井川芸術創生譚~UNMANNED無人駅の芸術祭の先へ」に変更して開催いたします。
つきまして、開幕式及び記念講演会を行います。
記念講演は、静岡県立美術館館長であり、美術史・博物館学・文化論の第一人者である木下直之氏をお招きします。
木下氏のご講演では、美術館や芸術祭、地域文化の関係を見つめなおしながら、静岡が育んできた芸術の土壌を広い視野からお話しいただき、後半のトークセッションでは、村上誠・村上渡(天地耕作)、抜里の住民や等芸術祭ゆかりのアーティストが登壇し、
「抜里から考える、これからの芸術祭」をテーマに語りあう時間にしたいと考えております。終了後には、開幕寄り合いとし、アーティスト、住民、関係者様々で開幕をお祝いしながらの交流会を実施いたします。
■日時:2026年2月14日(土)
■開幕式:午後2時から
■記念講演:午後2時30分から午後4時まで
■開幕寄り合い:午後4時から(会費2,000円 当日現金にてお願いします)
■会場:抜里地域交流センター(島田市川根町抜里546)※駐車場50台程度可能
MAP:https://maps.app.goo.gl/5uPgH6eDVna7rjeY8
大井川から<芸術創生>を考える
2026.2.14
木下直之
川から、静岡県を考えてみたい。東西に走る東海道を、少なくとも4本の川が南北に交差している。西から天竜川、大井川、安倍川、富士川の4本だ。加えて、伊豆から流れて来る狩野川もある。陸路を基準にすれば、川は障害の最たるものだが、川を基準にすると両者の関係は逆転し、この土地の姿や人間の暮らしが違って見えてくる。
大井川があってこそ、島田の宿も文化も生まれた。この川から考えるために、ふたりの人間に登場願おう。いや、ひとりは人間の姿をしていても、人間かどうかわからない。今から74年前に、本川根町から出土した土偶だ。不思議な力を持った人間を超えた存在かもしれない。しかし、それを作ったのは紛れもなく人間で、今から3000年近くも前に、もちろん「川根」という地名はなかったにせよ、大井川の根っこのあたりに暮らしていた。そのころの人口はどのぐらいだったのだろう。そこからは、ずっと川下の世界はどう見えていたのだろう。
人間が人間に似せた姿=人形を作るのは、現代人が「芸術」と呼んでいる行為の始まりかもしれない。その人たちは、しばしば道具に人の顔をつけた。現代人から見れば、それはとても邪魔だったのではないかとさえ思える。しかし、道具こそ、最初の造形表現にほかならない。
もうひとりの登場人物は名前がわかっている。鈴木祐一といい、明治5年(1872)にやっぱり川根に生まれた。事故がもとで右足を失った。義足を手に入れたことで一念発起、義足製造に乗り出すとともに、同じ義足ユーザーのために30歳で『義手足纂論』という本を書いた。富士山にも登った。その果敢な行動は、現代でいう義足の可視化である。人間であるための道具だった。
このふたりの人間の間には、およそ3000年という気の遠くなるような時間が流れ、その間にさまざまな造形物が生み出されてきた。そのうちのほんのわずかなものを、現代人は「芸術」と呼んで大切に扱ってきたわけだが、鈴木祐一が開発と普及に取り組んだ義足は、今や芸術の領域にも踏み込んでおり、それは縄文人が土器に顔を必要としたことに通じるのではないか、というこの話がどんなふうに展開するかはわからないが、とにかく大井川から考えることにしよう。
木下直之氏プロフィール
木下直之(きのしたなおゆき)
静岡県立美術館館長、東京大学名誉教授
1954年浜松生まれ。東京藝術大学大学院中退、兵庫県立近代美術館学芸員、東京大学総合研究博物館助教授、東京大学大学院教授を経て、2017年より現職。
19世紀日本の文化を、美術・写真・見世物・祭礼・記念碑・博物館・動物園・戦争などの観点から研究してきた。美術館館長として、「無言館とかつてありし信濃デッサン館」展(2024)、「静岡県立美術館をひらく」展(2026)を企画。
著書に『美術という見世物』(平凡社1993/サントリー学芸賞)、『写真画論』(岩波書店1996/重森弘淹写真評論賞)、『わたしの城下町』(筑摩書房2007/ちくま学芸文庫2018/芸術選奨文部科学大臣賞)、『股間若衆』(新潮社2012/『増補股間若衆』ちくま文庫2025)、『銅像時代』(岩波書店2014)、『せいきの大問題』(新潮社2017)、『動物園巡礼』(東京大学出版会2018)、『木下直之を全ぶ集めた』(晶文社2019)などがある。
2015年春の紫綬褒章。2017年中日文化賞。










